日記(2024.3.19)

精神状態がおかしい。涙が出る。

大切な友達に子どもが産まれて、この子が大きくなる前に私は死ななければならないと思った。

今はギリギリのところで無理矢理健常者をやっているが、そろそろ限界が来ている。迷惑な高齢の障害者になる前にはやく死にたい。

200万円もあればスイスで安楽死ができる、とインターネットで言われ始めたあたりの時期に就職した。いつか死ぬ権利を得るために労働に耐えた。もう貯金額は安楽死■回分を超えている。まだ日本で安楽死は許可されていない。

見るからに精神異常者になるにはどうすればいいのか。丁寧に扱われたいなどとは言わない。他人の感情を受け止める役に私は適していないと周りに知らせたい。私に他人のケアはできない。気丈だと勘違いされるような振る舞いをしてしまい、申し訳ないと思う。

本当は死にたいわけではなく、生まれたくなかっただけなのに。生まれなかったことにはできないから、はやく死にたい。今生のすべての幸福を集めても、生まれたくなかった気持ちを上回らない。どちらかを天秤にかけて、生まれなかったことにできるならば、私は迷わず生まれなかった方を選択する。

薬を処方量より多く飲んでしまった。過剰摂取というほどではないはず。どうせ明日も目が覚める。

黒髪・ショート・前髪なし

 

 

 

幼少期はずっとロングヘアーだった。最短でも肩のあたりの長さを維持し続けていた私が、紛うことなきショートヘアー、しかも黒髪・ショート・前髪なしというスタイルになったこの2年弱の経緯を書いていきたい。えいやっ! と思い切ったのではなく、かなり理詰めに計画し、今のスタイルに帰結した。

 

 

パーソナルデザイン診断

パーソナルデザイン診断をご存じだろうか? ご存じでない方はググっていただきたいのだが、ざっくり説明すると、似合うファッションの傾向を診断してくれるものだ。そこで私はファッショナブルタイプと診断された。まあとにかく派手で強めのものが似合うタイプとご想像いただきたい。アナリスト曰く、「髪型はシシド・カフカさんみたいにスーパーロングヘアーかショートヘアーが良」とのことだった。

その時の私は、茶髪・セミロング・前髪ぱっつんだった。幼い頃より長めのヘアスタイルで、ショートヘアーに憧れていたものの、挑戦したことがなかった。パーソナルデザイン診断を機にショートヘアーにしてみることにした。

 

 

 

美容院選び

ここで重要になってくるのが美容院選びだ。現在も通っている美容院はショートヘアーを決意する前からの行き付けだが、自分に合う美容院を見付けるまで一苦労した。とはいえ、決定打はホットペッパービューティーのヘアカタログだった。とても気に入って通っているので、見付けるコツを書いていく。

ホットペッパービューティーで「通える範囲内で最も栄えている駅」を選択し、ショートヘアーのヘアカタログを「人気順」で検索、その中から好みのヘアスタイルを吟味。いくつかピックアップしたら、あとは金額だったりサロンの雰囲気などからお好みの美容院に予約を入れる。できれば、美容師を指名する。

「通える範囲内」というのはわりと重要だ。行くのが億劫になってしまうから。私だけかもしれないが。「栄えている駅」というのは、都会の美容院のほうが競争率が高く、切磋琢磨していそうという、ただのイメージである。

ヘアスタイルを判断する基準だが、ショートヘアーのバックスタイルを載せている美容師はカットの技術にかなり自信があるという噂がある。カットの腕が確かな美容師を探す際、参考にしてもらいたい。このポイントで私は良い美容師に出会えた。美容院選びというか美容師選びが重要かもしれない。

ショートカットが得意と豪語している美容師にそれまでずっとセミロングにしてもらっていたのだが、初めて「ショートヘアーにしてください。お任せで」とオーダーした時、美容師が生き生きし始めたのを感じ取った。今までセミロングにしていてごめんよ。ショートカットが得意な人だったので、完全にお任せした。自我を出すより良い感じになったよ。

ここで私は茶髪・ショート・前髪ぱっつんとなった。

 

 

 

眉サロン

なんとなく眉サロンに通うようになった。前髪がぱっつんで隠れるのため眉を疎かにしていたが、 “正解” の眉を知りたいと思ったからだ。「流行に左右されない、骨格に合った眉にしてください」とオーダーした。結論から申し上げると、眉でめっちゃ顔が変わる。おすすめ。眉に自信が付き、「前髪……伸ばして、おでこを出してみようかなっ♪」という気持ちになった。これが次のステップへのきっかけとなった。

 

 

 

顔タイプ診断

またしても診断系。察しのよい読者はもうお気付きだろうが、私はイメージコンサルティングにハマっている。顔タイプ診断というのはその名の通り顔の系統を診断してくれるものだ。詳しくはググってほしい。

そこで私はソフトエレガントタイプと診断された。端的に説明するとコンサバティブな服装が似合うタイプだ。私はカジュアルな服装が好きなので、どうにかならんのかと相談したらば、「フレッシュ、クールカジュアルタイプに寄せることが可。これでカジュアルもいける」とのことだった。そんなことできるんだ。便利だね。

この時は耳下あたりの長さのショートヘアーだったのだが、「耳下のその髪、切ってしまってもいけるで。あと前髪を伸ばすともっとええで」みたいなことを言われた。

 

 

 

こうして『黒髪・ショート・前髪なし』になった

ここまで書いて、「そういえばどうして黒髪になったんだっけ」と思い返すと、美容院で「暗めの髪色にしてください」とオーダーしたら、暗めというか黒めになったという、完全に偶然の産物だった。黒髪が重めに感じるタイプだったので、ずっと茶髪にしていたが、ショートヘアーにしたらあまり気にならなくなった。 “黒” の占める範囲が小さいからですかね。

というわけでタイトルにある通り、黒髪・ショート・前髪なしの人間が誕生した。アナリストの後押しと美容師の手によって満足なヘアスタイルになり、とても気に入っている。髪質によるのかもしれないが、私の場合はブラッシング&オイルのみでセットが完了するので、楽なのもよい。参考になるか分からないが、ヘアスタイルを変える際の何かになれば幸い至極。

 

 

 

才能がないわけだが

 

 

 

占い師に「あなたは前世でろくに働いていないので、目的もなく今の会社を辞めると引きこもりになるだけ」と言われた。

 

 

 

文章を書くという目的はあるのだが、と話すと、「どんなジャンルの何について書くのか? それで現在稼げているのか?」などと矢継ぎ早に質問され、ほとんどラップバトルの要領で返答した。

最後に、「そもそも、才能があればもう芽が出ていてもいいはずの年齢」とピシャリと言われた。

 

20代が終わろうとしている。

才能がある人はもうなにがしかの賞を受賞したり、インターネットでバズっていたりしてもおかしくない年頃ではある。

 

私の考えが甘いのは認めるが、そんなに強い言葉を使わなくてもいいんじゃないかと思う。

 

 

 

私の前世のひとつに『書生』というのがあるらしい。

書生という生き方はたいへん憧れる。

尊敬する人に師事し、興味のあることに没頭する生活がしてみたい。

 

そんな前世を持っているのなら、今世でもそんな生き方ができるのではないか。

そう尋ねたら、占い師は「あなたは社会との繋がりを断たないほうがいい」と譲らなかった。

 

彼女には私の何が見えていたのだろう。

 

 

 

文章を書くことは、私にとって「逃げ」であることは確かだ。

家で文章を書くことで、生計を立てられたらどんなにいいだろう。

生活ができるほどでなくても文章で収入を得、会社員の仕事を減らしたいわけだが。

 

 

 

働きたくないわけではないが、すこし休みたい今日この頃である。

身体が弱く、もう限界が来ている。

通院しながらなんとか働いている。

心を病んでいること、ストレスで胃が悪く、円形脱毛症になっていることを会社に伝えたほうがいいのかもしれない。

 

 

 

これまで休み方を教わらなかったように思う。

どうすれば休めるのかすら分からない。

 

私は頭が悪く、あまりにも夢見がちで、そして社会は難解だ。

 

 

 

ヘラヘラしていたら、占い師にも同行の友人にも「働け」と注意された。

 

しかしこう見えて、私は今の会社に勤めてかれこれ10年近くになる。

真面目に正社員としてやってきた。

責任のある仕事も任せられている。

信用が厚すぎて辟易するくらいに。

 

向いている、というのは分かる。

 

 

 

疲れているのかもしれない。

 

これまでの人生、ずっと「休みたい」と思いながら生きて来た。

気付いたら学校に入れられ、言われるがままに就職した。

 

考える暇がなかった。

 

敷かれたレールの上を走るように、離脱しないように生きるのがやっとだった。

もうレールはなく、誰からの指示もなく、自分で考えなくてはならない。

 

 

 

才能がある人は、とっくに自分の頭で考えてレールから外れて生きているのだろう。

 

私には才能がないわけだが。

 

 

 

『海王星』に於ける《運命》と《神さま》

 

 

 

続々・『海王星』のこと。

 

(↓前回はこちら)

elly-monologue.hatenablog.com

 

(↓前々回はこちら)

elly-monologue.hatenablog.com

 

 

 

パンフレットを読んでいて、《運命》をキーワードに役に挑んでいる演者が多い気がしました。

 

海王星』に於いて、その《運命》を操るのが《神さま》です。

 

元の戯曲に “神さま役” はありませんが、劇では音楽監督の志磨さんが《神さま》として登場します。

 

志磨さんが《神さま》として舵取りをした中で、最も印象的なシーンがあります。

猛夫が毒を飲み、死にゆくクライマックスで、 ただ立ち尽くす志磨さんにスポットライトが当たっています。

そして、猛夫の命が尽きた瞬間(私の記憶が正しければ)(もしかしたら最後の魔子のセリフのあとだったかも)、ゆっくりとギターを持ち、 “衝撃” をそのまま音にしたかのようなノイズを鳴らします。

このシーンでの志磨さんの存在感を表す演出は、この音楽劇に於いての音楽の立ち位置を示すものとして記憶に残りました。

 

また、そばかすが《神さま》に未来予知を祈るシーン。

「お願い、神さま!」と言ったあと、女学生たちに未来を見せるその時にも音楽が流れます。

 

《運命》を司る大きな要素に音楽(=《神さま》)を使う演出は、今回独自のもの。

 

 

 

「親子の仲は神さまがお作りになったとしても、恋人の仲は自分の手で作ったもの」という那美のセリフに、寺山さんがこの戯曲で表現したかったものが一番含まれているように思いました。

他にも登場人物による “縁” の持論から、寺山さんの哲学が伺えます。

 

魔子との駆け落ちを決意した猛夫が、図らずも彌平の計画によって毒死し、一家心中することになる展開は、その後の寺山作品にもある “親離れ” という大きなテーマに繋がっていそうです。

 

 

 

これまで三度に渡って考察を書いてきました。

ものすごく考察しがいのある戯曲でした。

 

寺山さんの意図を知りたいです。

当時の企画書などにそういった記述は残っているのでしょうか。

気になります。

 

 

 

最初の記事にも書きましたが、『家出のすすめ』に「男が夢の中で女の人のお尻に触ったことを起きてから謝りに行く」という話があります。

寺山さんの見解は、「夢の中でしたことを起きてから謝りに行くな!」でした。

 

もしかすると、その他のエピソードについても、寺山さんの作品をあたったら答えがあるかもしれません。

 

 

 

『海王星』雑記

 

 

 

続・『海王星』のこと。

(↓前回はこちら)

elly-monologue.hatenablog.com

 

 

ギリシア古詩について】

 

戯曲の冒頭とパンフレットの見返しに引用されているギリシア古詩は、グラウコスによるもの。

ギリシア神話には同名の海神がいます。海神→有名な海神といえばポセイドン→別名ネプチューン海王星、と連想してしまいます。

しかし、作者は関係なさそうですね……。戯曲・パンフレット共に記載がないので。

 

原詩には「エラシッポスの墓」とされていますが、「エラシッポスの」が削除されています。

エラシッポスについて軽く調べてみましたが、ギリシア神話に登場する誰か、ということしか分かりませんでした。

 

この詩は呉茂一『増補 ギリシア抒情詩選(1952年岩波書店)』より引用とのこと。パンフレットに書いてありました。

増補ではない『ギリシア抒情詩選(1938年岩波書店)』には載っていません。

ギリシア・ローマ抒情詩選(1991年岩波書店)」には載っています。

www.iwanami.co.jp

 

 

【船名について】

 

物語の終盤、彌平は『海王丸』という名の船の機関長に就任します。

猛夫曰く、「お父さんは自分の船が欲しかった。それに僕の名前をつけたかった」。

 

劇中で “ブルースを唄う老婆” のセリフで、猛夫を双魚宮としています。

占星術によると、双魚宮の守護惑星は海王星

つまり、猛夫は海王星が守護惑星なのです。

 

彌平が “海王” を冠する船で服毒自殺を遂げたのも、同じく “海王” を冠する惑星を守護に持つ猛夫との心中の暗喩ではないか、と勘繰ってしまいました。

 

でもまあ、『海王丸』って名前の船、よくありそうですね……。

寺山さんがどういう意図を持って名付けられたのは謎です。

 

(↓富山県には『海王丸パーク』なる所があります。『海王星』は1月15日と16日に富山県で上演)

www.kaiwomaru.jp

 

物語の終盤、鳥類言語学の今西教授が北海岸のホテルから出る際に乗る船の名前を『鷹羽丸』と言っています。

命名の由来はあるのでしょうか。

 

こういう物語に直接関係のないさりげないものの名称は本当に気になります。

彌平の会社の名前が北海運株式会社なのも気になってきました。

 

 

 

【『ミトリダート』について】

 

寺山さんが『海王星』の下敷きにしたのは、ラシーヌの『ミトリダート』とのこと。

 

ミトリダートには「解毒剤」という意味があります。

これは、ミトリダート=ポントス王国国王・ミトリダテス6世が毒殺を恐れ、自らに少量の毒を投与し続け、毒への耐性を作ったことから由来するそうです。

 

「解毒剤」を意味する『ミトリダート』を下敷きに書いた戯曲で毒死を扱うってなんの因果……!

もしかしたら『ミトリダート』自体がそういうお話なのかもしれませんが。

 

『ミトリダート』をすこし読んでみたのですが、私には難しかった……。無念……。最後まで読めませんでした。

死んだと思っていたお父さんが生きて帰って来る、という導入は同じでした。

 

 

 

 

私は鶴見中尉殿に金塊を手にしてほしい。

 

 

 

今週のゴールデンカムイがやばすぎた。

 

特別尾形が好きというわけではないが、あれにはやられた。ずるい。尾形ぁ……。なんと言っていいのか分からないがなにかを書きたい。しかし、私の尾形への造詣が浅すぎる。妹と「尾形は行動原理が不明だからキライ」という意見で一致し、盛り上がったことがある。ごめん尾形。いや、今まで心の内を明かさなかったお前も悪いよ、尾形。でも、尾形は猫ちゃんだもんね……。そんなペラペラ喋らないよね猫ちゃん……。

 

ところで、ゴールデンカムイを読んだのは、熱烈な読者である友人に勧められたのがきっかけだった。私は線が細くキラキラした絵柄の漫画を好んでおり、今までに触れたことのなかったジャンルのこの漫画を毎週最新号を追うまでにどハマりしたのは、ひとえに鯉登音之進くんという魅惑的なキャラクターに落ちてしまったからである。

 

音之進……もう名前だけでも可愛い。そんな鯉登音之進くんを推すとは夢にも思わなかった。なぜなら彼は色黒で明るく健康的な青年だからだ。私が今まで好きになったキャラクターは、色白で暗く心or身(もしくは両方)が不健康だった。ただ一点共通点があるとしたら、それは「美形」というところだろう。私は美形に弱い。

 

(そういえば以前にも鯉登音之進くんへのことを書きましたね。)

elly-monologue.hatenablog.com

 

 

 

だからというわけではないが、私は鯉登音之進くんが所属している第七師団に金塊を手にしてほしいと思っている。第七師団というか、厳密にいうと鶴見中尉殿に。

 

なぜかというと、作中に登場する派閥のなかで最も会社を爆破してくれそうなのが鶴見一派だからだ。鶴見中尉殿に「会社が嫌で……」と相談したら、「それなら爆破しようか?」と返してくれるだろう。そして、有坂閣下から爆薬などを調達し、部下を集めて弊社に向かってくれる勢いがある。作中の他の人物はおそらくこんなことはしてくれない。杉元くんは親身になって相談に乗ってくれるだろうし、土方さんは的確なアドバイスをくれそうだ。しかし、「会社が嫌」となったときに一番してほしいこと、それは『爆破』ではないだろうか。そして、鶴見中尉殿はそのことを言わずともその道を選択してくれるだろう。そう、愛です。

 

物語が進んでいくうちにだんだんと鶴見中尉殿の行動原理が明かされてゆくが、「最も会社を爆破してくれそう」というキャラはブレない。もう鶴見中尉殿にすべてを託すしかないのではないか。私は託すぜ、鶴見中尉殿に。

 

 

 

1963年の寺山修司と『海王星』

 

 

 

音楽劇『海王星』のこと。

 

stage.parco.jp

 

 

 

海王星』が収録されている『寺山修司の戯曲9(思潮社)』を読みました。

この戯曲集、どっこにも売っていないけれども、図書館にはわりと置いてあるようです。

 

松雪泰子さん演じられる魔子は原作では20歳過ぎかそれくらいみたい。

劇ではそのあたりのセリフはがっつり削られていました。

他にも所々削られた箇所が見受けられました。

 

本編以外には、寺山さん記の作品ノートと高取英さんの解説に言及アリ。

 

作品ノートによると、演出は竹内健さん、音楽は石丸寛さんが担当する予定だった模様。

マイム指導がいるのも興味深い。

 

解説では「『トリスタンとイゾルデ』を下敷きにしている」と記してありましたが、当時の企画書に「『ミトリダート』を下敷きにしている」と書いてあるそう。

(↓企画書についてはこちらに記載されています)

stage.parco.jp

 

 

 

演出の竹内さんは寺山さんの『家出のすすめ(KADOKAWA)』で解説もされています。

(↓表紙のカモメがカワイイ『家出のすすめ』)

www.kadokawa.co.jp

それによると、1962年6月13日に石丸さん宅でミュージカルの企画の話し合いをしたとのこと。

 

『家出のすすめ』の「男が夢の中で女の人のお尻に触ったことを目が覚めてから謝りに行く」って話、『海王星』にもあるんですよ。

 

ちなみに『家出のすすめ』の刊行(初刊時の題は『現代の青春論』)は、『海王星』が書かれたのと同じ1963年。

 

 

 

九條今日子さんによると、当時竹内さんは寺山さん宅によく遊びに来られていたそうです。

(↓電子書籍で読みました)

www.kadokawa.co.jp

(↓古本屋で入手しました)

www.chikumashobo.co.jp

どちらの本も竹内さんに関する記述は同じでした。

 

それにしても、新婚ほやほやの寺山さんが『海王星』で「結婚はきらいな奴とするに限る(『教授の唄』)」という詩を書かれているのはなかなか面白いですね。

 

 

 

上に貼ったコラムにもあるように、結局『青い種子は太陽のなかにある』が選ばれて、『海王星』は未上演になったとのこと。

『青い種子~』の演出は竹内さん、音楽は石丸さんだったようです。

 

これを知った時に「全部繋がった! ! !」と思いました。

 

 

 

というわけで、『青い種子は太陽のなかにある(KADOKAWA)』も読んでみました。

(↓表紙の書体がカワイイ『青い種子~』)

www.kadokawa.co.jp

 

お父さんの名前が同じ彌平だったり、ブルースから始まるなど、『海王星』との共通点が多々ありました。

「月が出たなら(中略)まっくら闇ならキスキスキス」「七つの海のお月さま」と同じ詩も。

 

(↓ティザームービーで『酔いどれ船』が聴けます。「月が出たなら~」のほうです)

 

(↓2:26頃、『青い種子~』2015年ver.の「七つの海のお月さま」が見れます。作曲は松任谷正隆さん)

www.youtube.com

 

 

 

海王星』の作中に薔薇が出てくるのと、舞台美術にポンペイのヴィーナスやミロのヴィーナスが使われているのって、なにか関係があるのかしら。

薔薇の花とヴィーナスって繋がりがあると神話にあったような。