鯉登音之進くんが好きだ。
彼は、漫画『ゴールデンカムイ』の登場人物である。
青年誌の漫画に疎かった私が、『ゴールデンカムイ』にハマったきっかけは、「鯉登音之進くんが可愛かったから」というただひとつの理由だった。
色黒、切れ長の瞳、七三分けのさらさらの髪。
クールな容姿とは裏腹に、たびたび猿叫を上げ、憧れの鶴見中尉殿の前では緊張のあまり早口の薩摩弁になるという、ベリーなキュートさである。
他にも、負けず嫌い・身体能力が高い・小さいトナカイに夢中になるなど、「その設定をひとりで背負っているのですか? 」と言いたくなる属性をお持ちだ。
漫画を読むこと自体が久しぶりだというに、「推し」までできてしまった。
最初に手にしたグッズは、香水だった。
「嗅覚に訴えるグッズがあるなんて有難い」と思った記憶がある。
「高級石鹸の香りがします」とレビューされているその香水の、 “高級石鹸の香り” に、ピンと来なかった。
悲しいかな、 “高級石鹸” に縁のない人生だからである。
3個200円だかそれくらいの石鹸を愛用している。
「これがボンボンの香りか……」とお育ちのよい彼の生活に思いを馳せた。
その華やかな香りが自分から漂っていることに違和感があった。
つけたてはフレッシュなのだが、時間の経過とともに自分の匂いや体温と混ざり、その “高級さ” が失われていくようだった。
鯉登音之進くんとは住む世界が違うのだ、と突き付けられているように思えた。
そんなとき、たいへんよい使用方法を編み出した。
ハンカチにつけるのである。
自分本体ではなく、ハンカチからくゆる鯉登音之進くんの香りを嗅ぎ、一瞬で “高級石鹸の香り” を理解した。
彼の生活背景まで、目に浮かぶようだった。
お手伝いさんのいる大きなお屋敷に住んでいる彼の、清潔な所持品をお借りしているような感覚に陥った。
鯉登音之進くんにハンカチを借りるなんて申し訳ない気持ちであるが、空想なのでそこはなかったことにする。
この世には「枕にふりかける」「お風呂場に撒く」などの使用方法もあるそうだが、「ハンカチに含ませる」という使い方が、私には最もよかった。
『ゴールデンカムイ』が終わりに向かっている。
鯉登音之進くんは、どうなってしまうのだろうか。
幸せになってほしい。
しかし、『ゴールデンカムイ』の物語の特性上、幸せな結末を迎える登場人物がいるとは思えない。
せめて、死なないでほしい。
どうかこの願いが届きますよう、と念じつつ、毎週、『ヤングジャンプ』をめくっている。